2026/01/03 07:30

えいやっとお店を開いてみたものの、どうしたものか。ご挨拶(?)とかをするべきなのかと思い、「はじめまして、うきくさ堂です。」「私が本屋を開いたのは、…」なんてそれっぽく書き出してみては、気に食わなくてすべて消す。そんな日々を送っているうちに年が明けていた。まったく、まいってしまう。

半年前、2025年6月28日のメモに、「最近、潔くなってきた気がする」と書いてあった。たしか、友人からいただいた『26歳計画』(椋本湧也)を受けてのことだったと思う。

《「26歳」をタイトルにした文章を自由に書いてください。書き終えたら、あなたがいちばん魅力的だと思う26歳の知り合いにこの企画をつないでください――》

そんなお題から始まる、48人の26歳たちによる「26歳」をタイトルにしたエッセイ集である。かっこいい同世代にあてられたのだろうとすぐにわかる文体のメモは、自分の安直さをひけらかすようで恥ずかしいけれど、そのまま引用してみる。

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最近、潔くなってきた気がする。

26歳、無知を装えるほど子どもではないし、かといって何かを知っているほど大人ではない。26歳、何かを成し遂げるには大人ではないし、何もしていなくていいと開き直れるほど子どもではない。いますぐに何かを表現したいけれど、納得のいく何かにならずにあきらめる。そんな日々だった。26歳、といったけれど、この感覚は10代のころからずっと持ち合わせていたように思う。

ホテルをつくっている友だちがいる。2年前、24歳のときに起業して、いまは2棟のホテルを運営している。彼は言っていた。いまの自分たちの気持ちを表現しているから、1棟目と2棟目でコンセプトは違うし、今後もそのときどきで変わり続けるのだと思う、と。(※追記:そういえば、同い年のちゃんみな先生も、考え方や言ってることがコロコロ変わっていい、みたいなことを言っていたような。)

1年前の自分の日記を読んだ。いまはもう思っていないことも多くあったけれど、それらはそのときたしかに思っていたことで、なんかよかった。

『メモー2025年6月28日』
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この日記を書く少し前、個展兼バーを開いた。東京から離れるからというだけの理由で、写真家にもバーテンダーにもなれなかったにも関わらず、である。招待文は「うかつでいたいな、と思っています。」から始めた。ついついかっこつけたくなって、何かを考えてみては納得いかずになかったことにしてしまう自分との訣別のつもりだった。本屋を開いた理由はいろいろあるのだけれど、まだ本棚もできていないのにえいやっとお披露目したのは、この"潔さ"を手放したくないと思ったからだ。それなのに、開店から1週間、いまだ文章に悩んでいる。

あぶないあぶない。かっこいいきれいな文章を書こうなんて、最近の自分らしくないがんばりを見せるところだった。(そういえば、『あやうく一生懸命生きるところだった』(ハ・ワン)という本が少し前に流行りましたね。)お店の紹介なんてものはなくてもいいか…。代わりと言ってはなんだけれど、週に1回、文章を書いてみることにします。挨拶をがんばって書くよりもずっと、お店のことがよく伝わるでしょう。がんばらない、かっこつけないを大切に、その時々にたしかに思っていたことを日記のように。本屋なので、たまに本のことにも触れられるとなおよし。有益とは程遠いものだと思いますが、どうぞお付き合いください。

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さて新年、というわけで、こんな一篇をお借りして締めくくりたい。

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新年 1月3日

新年というのは
洗いざらしのシャツのようです。
新品では無いけど
陽を浴びて
ふっくらしてる
そんな感じが
するからです。

きっとまた
シミをつけたり
引っかけたり
ボタンが取れたり
するんだろうけど

それでも
愛着の湧く
一年になりますように。

皆川明『Letter』
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けっきょくがんばってかっこつけてしまった気もするけれど、何はともあれ、2026年をともに愛おしい年にできますように。(2026.1.3)


[登場した本]
椋本湧也『26歳計画』(いい風、2025年)
ハ・ワン『あやうく一生懸命生きるところだった』岡崎暢子訳(ダイヤモンド社、2020年)
皆川明『Letter』(つるとはな、2020年)

[写真]
2025年12月30日 喜界島