2026/01/31 07:30

1月最後の金曜日の夜、好きなスコーン屋さんに誘われて、仕事終わりに近くのカフェに編み物をしにいく。「ゆるゆるあみものの日」と題して、各々が好きなものを好きに編む会が開かれるらしい。「編み物しに行かない?」という誘い以上に嬉しいものはないかもしれないと思いながら、「行きたいです!」と即答した。

人生初めての編み物は、昨年。理由も思い出せないほど、ひょんなことからだった。四角のコースターを作ろうと思ったのになぜだか三角になってしまったけれど、人と一緒にあみもの時間を過ごすのって、自分の手がつくったものがあるのって、いいな、と思った。

仕事を片付け、早足でカフェに向かう。あたたかいオレンジ色の光が溢れる扉を開けると、そこには見知った顔がいくつかあった。「先生、今日もよろしくお願いします」と、勝手に先生に任命した人たちに挨拶をして、ストーブとココアであたたまる。次第に、見知った人や、はじめましての人が集まってくる。

今回は無事に、四角のコースターができた。正方形にはならず不恰好だけど愛おしかった。「ちゃんと四角になったね。次は靴下に挑戦してみる?」「これで四角も三角も思うままですね。ひとまずマフラーかなぁ」などと先生たちと笑い合う。

「気づけば21時を過ぎていたからそろそろ…」という声かけがあって、いつの間にか2時間半も経っていたことを知る。外は雪が降っていた。スローモーションみたいに、ふわふわと地上に舞い降りる雪だった。

きっとこれが「しんしん」というものだと思う。音も静かに降り積もる雪のことを「しんしん」というらしい、と知ったのは、つい先日のこと。

「この雪ってなんて表現するんですか?雨だとザーザーとか、しとしととかあるけれど。」
今さら何を言っているんだ…と思われても仕方ない、そんな疑問に、職場のマダムが答えてくれた。「雪が服に付いた瞬間、結晶みたいできれいだよ」というおまけとともに。

27歳にもなって…と笑われるかもしれないが、雪に気づくと、いまだに「雪が降ってるよ!!」と心が躍ってしまう。大抵は、心のうちに抑え込めずに、誰かに伝えたくなってしまう。町中を走り回るバスが「南国交通」なんて名前の町で育ったのだから仕方のないことだろう。標的となる職場のお兄さんやマダムたちは、わかったわかった…と宥めるような目を向けつつも相手をしてくれるからありがたい。

帰り道、黒のフリースジャケットにくっついていく雪を眺めながら歩いていると、ふと、猫になったらどんな気持ちなんだろうか、と疑問が浮かんだ。白が近くにある世界って、どれほど美しく、目を奪われるものなのだろうか。いや、眩しくて、目を背けたくなるのかもしれない。そういえば、雪が積もると夜も昼も明るくなることも最近知ったのだ。

それはそうと、猫になったら…なんて思ったのは、たぶん、最近 机の横に詩を置いたからだろう。


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高く抜ける空がいい
そこにあるのに
手が届かないから

旅先であびるシャワーがいい
残すものなどないと
教えてくれるから

ほわんと落ちたひだまりがいい
やわらかな輪郭に
夢を見るから

毛布に包まれた朝がいい
遠く離れたあなたが
贈りものだと分かるから

僕はここにいる
いつも変わらないねと
君が笑うから
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昨年の3月。東京を離れる前に何か…と開いた個展に、友人が寄せてくれた詩。「私が書いたものだけど、ユウトくんの瞳をとおして書いたから、あれはもうユウトくんの言葉だと思ってるよ」とのこと。(友人と違って僕には、猫の瞳で詩を書くことはできなかった。)

彼女と出会ったのは、今から2年前のこと。当時の僕は、とにかくどこかに行きたかったようで、旅ばかりしていた。東京を出発して、姫路、隠岐、一度大阪に戻ってから北海道、その数日後にはデンマーク、帰国して屋久島・種子島、そして神奈川へ。これがたった2ヶ月の間の出来事だから、自分でもびっくりしてしまう。


(客地という)どこかさびしいひびきをもったこの言葉は、ほんとうは自分がいるべき土地じゃない、いくら長く住んでも結局は客でしかないという焦立ちを秘めています。
(茨木のり子『詩のこころを読む』)


別のどこかに行きたいけれど、たしかにそこにありたいーー。転勤族で「本国」を持たず、さらには上京までしてしまったから、この矛盾した感情とはずっと一緒にいた気がする。でも、と思う。島に引っ越してからまもなく1年、この感覚が小さく小さくなってきた。

「やりたいことリスト100」なんてものも毎年初めにつくっていたけれど、今年はつくらなかった。やりたいことがあまり浮かんでこなくなった。たまに、人生の先輩から、目標を持った方がいい、と説かれることがある。幸せに生きるのに一生懸命だけど、どうやら何もないように見えているらしい。(そう見えるのは幸せなことかもしれない、とも思う。)


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欲望が無いと人間は向上しない?なぜ、一流のものを手にいれることだけを欲望だと思うのだろうか。安くてそこそこいいものに囲まれながら、平凡な家庭を築き、気の合う仲間とだけ楽しみ続ける人生を目指すことは欲望ではないのだろうか? それを実現し続けることはとてつもない奇跡だし、難しいことだ。

(中略)仲の良い友達と草野球をして、勝利することより刺激的な遊びってどんな遊びなのだろうか? 気の合うスタッフさんとライブをやって、それが成功した時に味わえる充実感を凌ぐ一流の遊びは、この世界のどこに転がっているのだろうか?

(若林正恭『ナナメの夕暮れ』)
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これからも、頭の中の花畑に水をやるので忙しい、のんびりした島暮らしをするのだと思う。そして、僕たちが知らないだけできっと、ほわんとしたひだまりを探したり、ひらひら舞い落ちる雪を眺めたりするので忙しいんだろうな、と猫の瞳を想像するなど。
ともあれ、来週もすてきな日々になりますように。(2026.1.31)


[登場した本]
茨木のり子『詩のこころを読む』(岩波書店、1979年)
若林正恭『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋、2018年)

[写真]
2023年12月12日。種子島の砂浜