2026/05/09 07:30

おはようございます、お久しぶりです。ずっと頭の隅に結構な存在感で鎮座していたこの日記にようやく取り掛かれて晴れやかなムカサです。といっても、この1ヶ月のサボりに理由があるわけではありません。忙しさを言い訳に、明日やろう明日やろうを繰り返していたら、明日って永遠に存在するから、いつの間にか1ヶ月経ってしまっていたってわけです。お恥ずかしい話です。
前の日記から、1回POPUPして、1回イベント出店して、たくさん仕事と遊びをして、頭の中はいっぱいいっぱい。下手にInstagramをおしゃれぶってしまったせいで、感情を吐き出す場所がない…。そうこうしていたら、先日39.9度の熱を出してしまいました。どうせなら大台に乗りたかった。ともあれ、今日もいつもどおり散らばった文章をお届けします。いつもより散らばっているように感じたのであれば、最近遊びに来てくれていた友人たちによって、肩の力がいい感じに抜けたってことだと思います。ありがとう。
今日、ラジオを聴きました。なので、この日記はしゃべりながら書いています。口に出したまま手を動かしています。たしかにそんな気がした!って方がいたら、勘が鋭くて驚いてしまうので教えてください。(せっかくなので書いたものを読むポッドキャストつくってみました。気が向いた方はどうぞ。よく噛みます。https://open.spotify.com/show/033daCRw7KpEg0cxBNTcpb)
さてさて、タイトルに書いたとおり、今日のテーマは「1倍速で聴くラジオってメディテーションだ」ってこと。
この1ヶ月、自分らしくないことに忙しくしていて、とある仕事のために論文をタイムアタックのように読んだり、国家試験の勉強のために2倍速で動画を見たりして暮らしていたんです。さらに恥ずかしながら、並べる本たちも、凄まじいスピードで流し読みしていました。とにかく情報を入れることをゴールに、とにかく詰め込んできた1ヶ月だったんです。
今日、ふと、広告に出会いました。積水ハウスのポッドキャスト、パーソナリティは前田エマさんと伊藤紺さん。おふたりとも著作を扱わせてもらっている好きな方で、普段は鬱陶しく思う広告に「いい仕事するじゃん」とつぶやきながら、なんとなく聴き始めました。
これがね、良すぎたんです。最初の10秒くらいで「癒しだ!!!」って脳が叫んでいました。おふたりの話し方があたたかいのはもちろんなんですが、そしてさっきまで早口で解説してくれていた綾部さんには悪いけれど、等倍速だって事実がさらに良かったと思っています。人と同じ時間軸で息をしているって事実が、「ただこのときを生きている」って気持ちにさせてくれたんです、うまく言えないけれど。
盗用は良くないのでここらで明かしておきますが、メディテーションって言葉を使っているのはオリジナルではなくって、平野紗季子さんのポッドキャストでの鶴見昂さんの「ポンデリングって食べてるとメディテーションしてるみたいな気持ちにならない?ただポンデリングの食感だけが私の中にあるみたいな」みたいな発言からお借りしています。このポッドキャストは忙しいぶっていた1ヶ月の間にInstagramで切り抜きだけを見て、小さな充電にしていたもの。
ポッドキャストしたいな。唐突ですが、ポッドキャストがしたいです。「〇〇がよかったんですよね〜」とか「〇〇って思ったんですよね〜」とかを垂れ流すポッドキャスト。たまに好きな本とか人とか町とかの紹介もしちゃったりして。ちなみに、何人かにはすでにいいでしょって言っちゃった言葉なんですけど、「今日月きれいです、を見て外に出る夜」「心にぽっかり穴があいたからドーナツが食べたい」が最近のマイヒットです。マイヒットって言葉あるのかな…。あるにはあるんですね、よかった。ラジオって存在しない言葉使ってしまいそうでこわいですね。
道を歩くのが上手だったり、耳がよかったり、荷物が多かったり、しゃべるのが遅かったり。そんな人と一緒にラジオができたら幸せそうです。はじめは2人でやってみて、そのうちゲストなんか呼んじゃったりして。きっと「なんか〜、」って入りばっかりしちゃうこととか、自分の声が聞き慣れない音として響くこととか、あっ自分ってそんなこと言うんだとか、恥ずかしくなっちゃうんだろうな。でも、きっと自分にとっての救いにもなる気がするんですよね。特定の誰かを想定していないので、「自分、歩くの得意だよ」「私、ラジオでも5秒くらい黙っちゃいそう」とかのあなたはぜひ声かけてください。ゲストでぜひって方も歓迎します。あ、あとお便りも待ってます。やるとは決まっていないけど送ってくれたら喜びます。ペンネームもぜひ。
この流れでやりたいことの話に移りましょうか。今年やりたいこと。絵を描く、陶芸する、旅行商品つくる、お香つくる、日めくりカレンダーつくる、本つくる、インタビューする…。パッと思いつくのはこのあたり。多いですね。そして、大抵つくってますね。「で、結局のところ何がしたいの?」に対する回答はぼんやりと浮かびつつあって、「休む時間をつくりたい」「誰かが考える/表現するサポート(サポートって言葉はあまり好きじゃないですが、ちょうどいい言葉が出てこなかったので仮にそう言います)がしたい」だと思うんです。
昨年の3月、東京で開いた個展の最後に、こんな言葉を残しました。
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(おわりに、に代えて)
今日も変わらず、うかつでいたいと思っています。
同時に、うかつでいるためには余白が必要であること、余白をもつのは決してかんたんではないことも承知しているつもりです。
さて、僕はこれから島根県の隠岐という島で暮らします。
日本からであればたいてい出発したその日のうちに到着できますが、とはいえ、気軽に行って帰ってこれる場所ではありません。
だからこそ、隠岐に行く(旅先・目的地にする)ことは余白をつくることを意味します(と思います)。
(実は、僕が隠岐を選んだ理由の1つは、どこからもきちんと時間がかかるから、です。)
(中略)
最後に一言だけ残しておきます。
「上手に休める人が一番偉いです、絶対に」
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僕は、休むことがとにかく好きなんです。身体的な休みも精神的な休みも。僕にとって読書は、仕事やスマホから離れるという点で身体的な休みであり、自分の輪郭をはっきりさせるという点で精神的な休みでもある。だから本屋を開いたと言っていい気がしています。たぶん絵を描く、陶芸する、あたりも同じ。お香や日めくりカレンダーや本づくりは、誰かの暮らしのなかに休みを置いてみる試みになるんじゃないかな。とにかく、ありとあらゆる方法で人に休むきっかけ?理由?手段?を提供したいんだと思います。とはいえ、「休むことが絶対とは思っていないですよ」の気持ちが「休める」に現れているよ、と補足だけさせてください。
もう一方の「誰かが考える/表現するサポート」は自分がいつもしてもらっていることの恩返しの気持ちです。僕には年に1回会う人が何人かいるのですが、彼ら彼女らは「あ、自分ってそう思っていたんだ」を気づかせるのが上手で、僕はいつもそれに救われています。ここまで話すと、「精神的な休み」に通ずるものがある気がしてきますね。もっとわかりやすい実利も求めていい部分だと思っているので、誰かの自己紹介になるようなインタビューのアウトプットを出しつつ、その方の「あ、そうだったのか」を生み出せたらいいなと思っています。インタビュイーにとって予定調和でないような、驚きがあるような時間をつくりたいものです。
なんだか壮大な夢を語った回ですね。ラジオの気持ちで日記を書いてみる。いい試みだったかもしれません。ここまで読んでくれた方がいるのであれば、ぜひ見てほしいものがあるので見て行ってください。先日つくった本みたいなもの(「じっけん」)のなかから。
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じっけん中のじっけん ● 「いいな」と思ったものに言葉をつけてみる
なんでも手に入る時代になった、と祖母が言った。「買い物に困らない時代に生まれてよかった」と能天気に返すと、意外にも「かえって大変になったよ」という。これまでは何も考えなくてよかったのに、選択肢が増えたがゆえに選ぶのが難しくなってしまった、と。僕らの世代が財布を自由に使えるようになったころには、すでになんでも手に入る時代であったけれど、その大変さには強く共感する。ものは長く大切にしたいから、お気に入りに出会うのを待つ。そうやっていまだに買えずにいるものがいくつかある。例えば、我が家には(備え付けのものを除くと)まだ机も椅子も、棚もない。小さなものだと、ワイングラス、万年筆、花瓶なんかもそうだ。正直はやく手に入れたい。机は農作業で使うようなボックスと木の板、花瓶はお酒の空き瓶で代用しているけど、あくまでも代用であってベストでないことを常に実感させられている。ただ、「いいな」と確信を持てないで、購入せずにダラダラと引きずってしまっているのだ。
そんな僕みたいな人に向けて(存在しているかわかりませんが)、本屋さんとして何かおもしろいことがしたい。そんな思いから、「いいな」と思ったものに言葉をつけてみる実験を始めることにした。協力してくれるのは、僕がほしい!!と思うもので溢れる大阪の雑貨屋・珈琲屋さん「koru;(コル)」。市場での掘り出し担当・koru;、言葉担当・書店うきくさ堂の実験、今ここに始まります。

めりーごーらんど
せかいがぐるぐるまわる
ふんすい パパ タルトタタンのおみせ
もういっかい
ふんすい パパ タルトタタンのおみせ
ときがまわる
いっかい にかい さんかい
あのこがあらわれる
ぼくはふんすいにこしかけて
1 チェック柄のマグ ふた付(1,100円 ※予約有)

憧れのフランス。郊外に行くと決まって、よく陽の当たる広場にメリーゴーランドがあった。このカップを見たとき、真っ先に頭に浮かんだのは、中東部・ブルゴーニュ地方に位置するディジョンのそれだった。
パリから高速列車(TGV)でおよそ二時間。ボーヌでワイナリーを巡った翌日、せっかくだからマイユのマスタードでも買って帰ろうとディジョンに立ち寄った。この町も例にもれず、陽の当たる広場にメリーゴーランドがあった。僕はカフェのテラス席でタルトタタンを注文し、ぐるぐる回るそれを眺めた。ディジョンで生きていた世界線を想像する。休日の定番は家族でこの広場に来ることだろうか、いつか自分の子どもを同じメリーゴーランドに乗せる日が来るのだろうか。
このカップは、手触りがざらざらで、太陽と合いそうです。取っ手は、ねじねじぐるぐるです。ふたが大切な思い出を閉じ込めてくれるはずです。

ニポポのさんぽ
「こんなところにお花咲いてる」
「ほんとだ、きれいだね」
「あ!木の影が揺れててかわいい」
「風も太陽も気持ちいいね」
「こっちには、くるくるの新芽が」
「そっか、もう春が来たんだね」
今日も進まないさんぽ道
「ねえ見て」「なあに?」
2 ニポポ人形 (1,000円)

ニポポは、アイヌ語で「小さな木の子」を意味し、幸せの神様とも言われている。この子たちの高さは12.5センチ。koru;から送られたきた写真を見て、さんぽ道にニポポがいたら…と想像せざるをえなかった。背の低い彼らは、きっと僕たちが見過ごしてしまう小さな幸せを拾って、そっと教えてくれることだろう。そう思っていつもの道を歩いてみたら、びっくりするほど進まない。レゴブロックに生える草、揺れる影と舞う花びらなど、いつもそこにいたであろうものたちと初めて出会えた。
この人形はどこに飾っても馴染むでしょう。そして、その日から、日常がちょっと楽しくなるでしょう。
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この子たちは5月中旬に隠岐に届きます。いまは「見る」ための予約受付中です。気に入ったらそのまま連れ帰ってください。イメージと違ったら次の方に見てもらいましょう。じっけんを楽しんでもらえたらまたやるかもしれません。
えーーっと、ずいぶんと長くなってしまいました。このことが来週のハードルを高くしないことを願って。そして、ラジオのお相手とニポポと出会ってくれる人が見つかることを願って。
ともあれ、来週も愛おしい日々でありますように。
[写真] 2026年4月19日、さんぽ道にて。
