2026/08/08 07:30
久しぶりに「ブログ」ページを開く。前回 5月29日のタイトルが『思いつきで生きている人を許してくれる人がいて助かる』で、強気だなぁと感心すると同時に、「許されるかどうかは相手が決めることだからな、気をつけろ」と思ってしまう。
ようやっと重い腰をあげたのにはもちろん理由があって、1つは腰を抜かしてしまうほど重たかった試験が終わったこと、もう1つは友人から「僕の書いた本です」と日記本をいただいたことだ。週5日の会社勤務に加え、この1ヶ月で150時間くらい勉強した。大学受験ってこんな感じだったな、などという感慨深さを感じる暇もなく、毎朝 今日が人生で一番つらいんじゃないかとすら思った。ありがたいことに、応援してくれる人、一緒にがんばってくれる人がいたのに、である。今思えば、これが一番なのであれば、随分と楽な人生で楽しそうでいい。
楽で楽しそうーー。なんだか変な文になってしまった。でも、もしかしたらそういうものなのかもしれない。「なるべく休んでいたいんです」と言うと「Z世代だねえ」なんて呆れられてしまう時代だけれど、人びとが道具を発明したのだって楽をしたかったからに違いないし、案外そういうものなのかもしれませんよ。
ちなみに受けたのは、中小企業診断士という、企業の経営課題を解決する経営コンサルタントの国家資格。本屋が経営?と思われるかもしれませんが、僕にとっては、うきくさ堂にとっては、きっといつか必要になるもの。また機が来たらここに記すことにします。
さて、友人の日記は、まだ3ページ目を開いたところ。文章を書きたくて書きたくて仕方なくなったので、すぐにPCを取りに行って戻ってきた。そういえば、この前、本の紹介文に「その感情を持っていたかった…。そう思わせてくれるので好きになってしまいました」と書いた。すでに彼の日記もそんな感じ。
ちょっと悔しく、ちょっと羨ましくなったので、読み進めると同時に、何日分か日記を書いてみる。
2026年8月4日(火)
koru; のプレオープンの日。店主だったか、お店に来てくれた大学生2人のどちらかだったか、「変であることを誇っているもんね」と言っていて、かっこよかった。友人の日記では、遠山なる人が、「もしかっこいい人間に変わり続けられたら、その先のおれにはアイデンティティと呼べるものは残っているのだろうか」と言っていて刺さった。
「人生3周目の顔しているくせにちゃんと1周目だよね」と言ってきた別の友人にムッとしたことがあるけれど、平坦な人生よりも、ちゃんとかっこよくないほうが、アイデンティティがあるほうがいい気がした。そのほうが、自分に呆れられずにいられる気がした。
日記はもうここまでにしよう。思いつきで生きているみたいですが、どうか許してください(きっと許されるとはまだ思ってしまっています)。
彼に伝えたいので、この本を手にしていない大勢には伝わらないのだろうけど、いいなぁと思ったところを列挙してみます。彼の日記を読みたい人がいたら教えてください。
かっこいい大人になりたいところ。
僕は、真剣に石積みをしている人を応援できる大人になりたいです。応援を、面白がりたいです。
「わたしのセンスも評価されるべきじゃない?」って言えるところ。
わかるよ。人の優しさに気づいたときにいつもそう思ってしまっています。
いい生きる目的を見つけたところ。
「ひつまぶし」なんてどう?
たまに人生が楽しくなるところ。
いつだって楽しいのも、たまに楽しいのもどちらも捨てがたい。
大きい声では言えないことを言ってくれる人に出会えるところ。
それはきっと、あなただからこそだと思います。
「その、」の「、」を打ってくれるところ。
むかつかずに、うつむくところ。
「(「好きな人いる?」じゃなくて)『最近恋してる?』じゃダメなんですか?」と気づけるところ。
知らない木に花を咲かせてくれるところ。
ちゃんと気分が沈むところ。友人たちの言葉をぎゅっと覚えているところ。
いいところのたくさんある本だった。僕も、あなたにこう思います。
「応援するけど置いていかないでほしい。でも頑張ってほしい。(正当な評価を手に入れて欲しい)」
とりあえず人生ってむずかしいけれど、それがいいよね。
ともあれ、愛おしい日々をおくろうな。(2026.08.8)
[写真]
2026年7月16日、隠岐の風

